魂合気は、マノスベ(自然サ )が極意です。

付記5.カタカムナの詩 トコロチマタシ トキオカシ

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カタカムナの詩 トコロチマタシ トキオカシ

古代には、色々な原則、理合いを七五調で伝えていた。
七五調のリズムは、ココロに優しく染み込み記憶される。
人々は、繰り返し口ずさんで、記憶していった。
七五調のリズムが作れることでも、
高度に設計された日本語の凄さを思い知る。
楢崎皐月氏も、自分のように感受性の低い(謙遜であろうが)人間が
カタカムナを理解出来たのだから、当時の人達には、このヒビキは十分に理解できたであろうと、語っている。
ヲシデ文献によると、縄文時代初代の天皇アマカミである、クニトコタチは人々を導くべく「トの教え」をその根本に置いたという。
ではトの教えとは何か。

ヲシデ文献には、具体的には書かれていないとのこと。
トの教えとは、トキ、トコロの教えでは無いだろうか。

トキ、トコロは、単に時間空間という訳ではない。
トキ、トコロの摂理に関連する言葉が、ここに掲げた「トコロチマタシ、トキオカシ」という言葉だ。

この言葉と老子のサトリが結びつく。
「トコロチマタシトキオカシ」と関連した老子の悟りとは、
「空は無にして初め知らず。初め知らざれば終局なし。
有象は無象を生まず。無象よく有象を生む。
故に無象に従えば、有象栄え、有象に従えば即ち滅す」

トコロチマタシというのは、空間を微分すること、即ち有象は滅するもの。
トキオカシとは粒子として位置をしめること。すなわち無象は有象を生じる。という意味になる。

集合性(ト)と分離性(リ)の二つの根(フネ)による、生成(還元)と消滅(分化)の現象だ。

トに関連した言葉には、詩にも出てくるが、ソコソギ、トコタチがある。
これは、収縮の相と膨張の相を現している。
現象はイザナギ(結球)、イザナミ(波)の共存性、の変遷であり、
物とは、たえずトキやトコロを多く持ったり少なく持ったりして変遷していく象と捉えている。

♫アマカムナ
アマカム ヒビキ
アマ ウマシ
トキ トコロ ウシ
モコロ コロ
トコロ チマタシ
トキ オカシ
ソコ ソギ トコタチ
メグル アマ

マとはアマ(宇宙の空間)であり、
アマにはマリ(クオークの如き超微小体)が
密充填的に偏満して、渦巻いている。
マリが次第に濃密に凝集してアマナ(原子核)に成長し
それを中心に構成されたものが原子である。
それが物体をカタチ作っている

マ(空間)が凝縮すれば物体になる。
こういった現象は、宇宙全体に渡って
極大から極小まで相似象である。
そうなるのは宇宙の全てが、共通の法則によって変遷しているからだ。
と捉えたのは超古代人の感受性である。

♫アマカムナ
この宇宙アマの中心的存在がアマナである
アマの片方にはカムがありその中心的存在がカムナである

♫アマカムヒビキアマウマシ
アマナとカムナが響き合い
現象宇宙のアマが生まれ変わって変遷していく。
今今の極小時間単位に於いて、消滅と生成を繰り返しつつ、
今今に新しい象を描き出している)

♫トキトコロ ウシ
あらゆる間の生まれる示しには
トキ トコロのといって、ウしろのシめしがある。
(ウシ≒ウシロの示し、客観背後の示し、つまりアマナとカムナ
そして、イザナギとイザナミ)

♫モコロ コロ
アマから生まれた トキ トコロのマリは、モコロの粒子に変換する
(モコロ≒物質系 生命質系の 最下限の粒子)
(コロ≒石ころなどのように、コロコロと転んで、変転して、粒子に固まる)

トキ トコロを追求していけば、最後は時間の最も短い瞬間的な「時点」と、
空間の最も小さい「地点」にゆきつく。
その時点と地点は、それ以上細かく分けることが出来ない。
分ければ、時間でも空間でも無い、最小限の粒子、即ち一個のマリの中に重なってしまう。
言い換えれば、トキ トコロの本質は、アマの微粒子(マリ)の変遷したものなのだ。

トコロチマタシ
マリの空間量が多く偏在しているトコロには、
チヂに分かれ広がる、千股の示しがある。

♫トキトキオカシ
マリの空間量が疎に偏在しているトキは、
カタチにマトマル性質≒オカシがある。
つまり、トキという時間量は結球性が本来性であるという示し。

♫ソコ ソギ トコタチ
現象界には、ソコタチ(膨張性)とソギタチ(収縮性)
の共役性(トコ タチ)がある
(トコ ≒トモにコロがる)

分かれ広がる性質ソコタチは、
拡大、分解、膨張、運動などと表れ、波動性となる。
これをイザナミと呼んでいる。

収縮する性質ソギタチは、凝固、結球、結晶、統合、静止等と表れる。
これをイザナギと呼んでいる。

膨張と収縮、イザナミとイザナギのトコタチ(共役性)が、万象に繰り広げられている。

♫メグル アマ
現代の人は、空間の中で時間が経過していくと考えている。
しかし前期縄文人は、
物質は、たえずトキ トコロを多く持ったり、少なく持ったりして、
変遷していると捉えていた。
物質と時間の共存だ。分解してトキなり、結球してトコロとなる。
常に変遷している。この現象は今の物理学で分かっている光の性質と相似している。

いいかえれば、時と所が存在することとは、
トコロチマタシ(空間を微分することであり)
トキオカシ(粒子として位置を占めること)
であった。
質量が大きいという事は、トキトコロのマリの密度が大きいこと。

♥アマナ カムナが響き合う
このような情報をキャッチできる感受性を
古代に遡るほど、人は強く持ち合わせて
いたのであろう。

昔は感受性の科学だったのだ


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